【書評】満州建国の真実(鈴木荘一)
日露戦争あたりから満州国建国の歴史をたどる教科書的な本(例えば中公新書の『キメラ』)を期待して読んでみたら、全然違った。かといって一方的に満州国の正当性を説く本でもない。あえて言えば、石原莞爾礼賛の本だ。
だから、最大の収穫は、石原莞爾の思想を知ることができたことだ。「世界最終戦争論」とか単語は知ってたけど、彼が満州事変やその後の日本政治の中でどのような位置にいたのかイマイチよく分かってなかったから。
政党政治 | 海軍予算 | 陸軍予算 | 対ソ | 対中 | 英米 | ドイツ | 主要人物 | |
宇垣派 | 尊重 | 削減 | 削減 | 中立 | 協調 | 協調 | 協調 | 宇垣一成 |
満州組 | 否定 | 中立 | 増額 | 好戦的 | 不戦 | 好戦的 | 中立 | 石原莞爾 |
皇道派 | 否定 | 削減 | 増額 | 好戦的 | 協調 | 協調 | 中立 | 荒木貞夫 |
統制派 | 否定 | 中立 | 増額 | 好戦的 | 好戦的 | 好戦的 | 協調 | 東条英機 |
満州事変の主役である関東軍作戦参謀石原莞爾中佐は、王道楽土・五族協和を唱え、満蒙諸族と日本が共に発展する機会を作るべしと考えたのだ。来るべき日米開戦に向けて。だから、リットン調査団によるリットン報告書の「日本の満州における特殊権益を認める」「中華民国が主張する満州事変以前の原状復帰は却下」「国際連盟管理下におく自治政府を作り、日本人を中心とする外国人顧問団が指導する」という内容は石原莞爾にとっては許容範囲の内容だった。にも拘らず、時の内田外相は満州国を承認、さらに国際連盟全権大使の松岡洋右は連盟脱退を宣言してしまう。リットン報告書は日本にとっては名を捨て実を取れるものであったにも拘わらず、だ。
ここはもったいないことをした。満州国を作らずとも、満州の権益を確保できたかもしれないのに。
そして、もう一つのポイントは満州国を作るにいたった理由だ。端的に言えば「軍縮条約の枠外にあり軍拡に突き進むソ連から日本を守るため」。国際連盟・ワシントン体制は共産ソ連の軍知的膨張に目をつぶり、脅威に無関心であり、警戒を欠いている。もし満州が占領されれば、その次はポーランドであり、バルト三国であり、フィンランドやルーマニアである。しかし、松岡洋右はその立場の説明を放棄し、連盟を脱退し、ソ連の脅威を国際社会に理解させることに失敗して徒に日本を連盟から追いやってしまったのだ、と著者はいう。確かに、日本外務省高官は青年将校でも言えるようなことをジュネーブで高唱して帰ってきた(&日本国内では喝さいを浴びた)わけだが、国際社会に説明すらしなかった外務省の責任は大きい。これだけが破滅的な大東亜戦争国際連盟の脱退や日中戦争の泥沼化、大東亜戦争に向かってしまう端緒を作ってしまったどれも必然ではなかった、ということだ。
戦前の価値観から考えれば「満州国建国=日本帝国主義の象徴=悪」とは一概に言えないということ、日本が大東亜戦争で破滅の道を歩まずに済んだかもしれない歴史の分岐点はいくつもあったこと、石原莞への理解は進んだけど結局五族協和と美辞麗句を謳っても満州国は日本人の指導の下にあり五族協和なんて状態ではなかったので民衆からの支持は得られなかったのではないかという懐疑的な見方、等が読後感として残った。